つくるを拓く人 #1 石川 洋二
宇宙開発
宇宙時代のインフラをつくる
大林組のものづくりは、建設業の枠を超えて、遠く宇宙にまで広がろうとしている。なぜ大林組が宇宙へ挑むのか。何をめざし、今どこまで来ているのか。元NASA研究員という異色の経歴を持ち、長年にわたって大林組の宇宙関連事業をリードする石川洋二が、その展望を語る。
石川洋二
大林組・未来技術創造部 上級主席技師。宇宙における生命の起源、月惑星居住計画、宇宙エレベーター建設計画、地球環境工学などを研究。現在は宇宙関連プロジェクトを統括。
大林組の宇宙開発の歩み
1987年10月、大林組に「宇宙開発プロジェクト部」が設立されました。当時は、米国主導のもと、国際宇宙ステーションの計画が進められていた時代。大林組も、宇宙産業が発展していく未来を見据えて、宇宙開発の研究を推進しました。「月面都市2050」構想を皮切りに、1990年にはNASAの専門家の協力も受けて「マース・ハビテーション」(火星居住計画)を、1996年には宇宙に浮かぶ宇宙都市構想「スペース・ナッツⅡ」を発表します。
時は進んで、2012年。東京スカイツリー®の建設を進めていた大林組は、"究極のタワー"として、宇宙エレベーターに着目しました。社内横断チームが約1年をかけて検討した成果を「宇宙エレベーター建設構想」として、東京スカイツリーの竣工に合わせて発表。構造や施工方法も詳細に検討した、過去に例のない包括的な構想として、国内外で大きな注目を浴びました。現在もその実現に向けて、さまざまな企業や大学と協力しながら、研究開発を進めています。
そして2019年、大林組に「未来技術創造部」が発足します。次世代技術のシーズを探索し、大林組の将来への布石をつくるチームです。その研究領域の一つに、宇宙開発があります。
私たちが宇宙へ挑む理由は大きく2つ。一つは、大林組の事業を、宇宙というかつてない可能性を秘めた領域へ拡大していくこと。もう一つは、宇宙開発を通じて得られた技術を、地上でのものづくりに活かしていくこと。宇宙と地上、両方の視点をもって、新たな挑戦を拓いていくことが私たちの使命です。
こうしたビジョンのもと、大林組は3つのテーマを掲げて宇宙開発に取り組んでいます。「宇宙に行く」「宇宙に住む」「宇宙を使う」です。
宇宙に行く
「宇宙に行く」は、文字通り、人や物を宇宙へ運ぶ輸送手段の研究です。
大林組の「宇宙エレベーター建設構想」は、その代表と言えるでしょう。地上と宇宙をつなぐ、全長9万6000kmのエレベーター。早ければ2050年の完成をめざしています。
宇宙エレベーターの基本的な仕組みは、宇宙と地上をケーブルでつなぎ、人や物が乗るカゴ(クライマー)がそこを行き来する、というものですが、それだけではありません。クライマーに搭載して高く持ち上げた宇宙船をケーブルの回転するスピードを利用して宇宙に放り投げることで、月や惑星(火星など)に人や物を安価に運ぶことができるというところに大きな特徴があります。
このケーブルの素材となるカーボンナノチューブの研究を、静岡大学や有人宇宙システム株式会社と推進し、国際宇宙ステーションで実験も行っています。またクライマーの研究も、湘南工科大学と共同で行い、クライマーの到達距離を競うコンテストにも参加しています。
大林組が取り組む「宇宙に行く」には、ロケットの発射場の研究もあります。
ロケットの発射場というと、地上の施設を思い浮かべるかもしれませんが、大林組の研究テーマの一つが、「洋上」からの発射です。スカートサクション®という、海の上の風力発電施設を安定させる技術を応用して、2019年に小型ロケットの洋上発射実験を千葉工業大学、ASTROCEANと共同で行いました。
もう一つが、「空中」からの発射。「やまぐち空中発射プロジェクト」が、気球で小型ロケットを成層圏へ運びそこから発射することをめざしており、2020年、まずは地上で発射試験を行いました。大林組は、地震発生時の揺れの計測ノウハウを応用して、この空中発射試験に協力しています。
宇宙に住む
「宇宙に住む」は、宇宙に人が暮らせる環境をつくる、建設技術の研究です。
宇宙での建設には、人工衛星や宇宙ステーションのように「宇宙空間に建設する」ものと、月面基地や火星基地のように「地表に建設する」ものの、大きく2種類があります。
「スペース・ナッツⅡ」は、「宇宙空間に建設する」の一例です。重力の釣り合いが取れることで安定する地点「ラグランジュ・ポイント」の位置や性質を明らかにし、そこに浮かぶ宇宙都市の構想を発表しました。
「地表に建設する」の研究には、自在に変形し多様な空間を創造することが可能な「可変形状トラス」を用いた建築、水や栄養素を循環させて宇宙で農業を実現する自動生産施設などがあります。
ほかにも、月の砂(レゴリス)をマイクロ波で加熱して資材にする研究、火星の砂をコールドプレスで圧縮してブロックをつくる研究も発表しています。こうした技術は、宇宙における「地産地消」の方法として、将来の月面基地や火星基地の建設に役立つことが期待されています。
また、「宇宙に住む」に共通するポイントは、無人化・自律化です。危険な宇宙空間での建設作業には、ロボットや3Dプリンター、遠隔操作の重機などを使うことが想定されています。こうした無人建設の研究は、地球上においても、例えば災害が起きたときのインフラの復旧といった場面で役立てることができます。
宇宙を使う
「宇宙を使う」は、宇宙開発の知見を地上で応用していく取り組みです。
例えば、地球を丸ごとCTスキャンする研究。宇宙から降り注ぐ宇宙線を利用して、人間の体を分析するように、地球内部を分析するというコンセプトです。これにより、地下資源がどのように分布しているかが分かれば、より持続的な資源開発が可能になります。また、地盤の状況をより詳細に把握することで、防災や減災にも貢献します。
ほかにも、地下水の量を予測する研究。人口の急増や温暖化などにより、地下水へのニーズは爆発的に高まっています。そこで、人工衛星のデータなどを活用し、地下水量を低コスト・スピーディーに予測。地下水の過剰なくみ取りを抑制し、持続的な利用を促すことで、世界的な水不足問題に応えていくことをめざします。
これらはいずれも、宇宙ビジネスアイデアコンテスト「S-Booster」で、大林組のメンバーが発案したものです。内閣府が主催する「S-Booster」は、さまざまな企業・大学・個人が参加して、宇宙を活用したビジネスアイデアを発掘するプログラム。有望なアイデアは、内閣府やJAXA、協賛企業が支援し、さらなる技術開発や事業化につなげる仕組みです。大林組は「S-Booster」がスタートした2017年から2019年まで協力・協賛しています。
毎年、若いメンバーを中心に、大林組が積極的に参加している「S-Booster」。こうしたプログラムなどを通じて、大林組は、より効果的に「宇宙を使う」ための、新しい可能性を探索していきます。