第四節 公害防止に積極体制
公害室、公害委員会を設置―防止技術を開発・導入
大気汚染や水質汚濁、固形廃棄物などによる公害は、いまや人類共通の問題となったが、経済の高度成長を追うに急であったわが国では、欧米諸国にくらべ対策が遅れた。政府はこれを反省し、七十年代の国土計画の主目標に環境保全をとりあげて環境庁をおき、地方自治体も各種の施設を設けるなど必要な措置をとった。民間においても、有力企業は巨額の資金を投じ、さまざまの公害対策をとるようになった。すなわち、大気汚染防止には石油系燃料に代わるLNG(液化天然ガス)の使用、煙害や煤塵防止には超高煙突の採用、水質保全のためには温熱排水処理、工業用水の循環使用を目的とするクーリングタワー建設および産業固形廃棄物処理等がそれである。また公害処理を専門とする企業が生まれ、未来産業として注目されるなど、公害問題は時代の大きなテーマとなった。
大林組では建設工事の施工の段階で発生する騒音・振動等の公害を防除するため、さきにOWSソレタンシュ工法、パイルコラム工法等を開発したが、さらにこの時期には以下にのべるケリー工法とONS工法が加わり、無公害の地下工法は範囲を拡大した。
経営五ヵ年計画においても、新たに「公害防止に関する技術の研究開発」を加え、昭和四十六年(一九七一)三月には東京本社に公害室を設け、公害委員会も設置された。これは建設公害の防止はもとより、公害問題一般に寄与することを目的としたものである。
超高煙突や大クーリングタワーの建設は、煙害防止や水質保全の有効な手段とされるが、従来の建設技術では万全を期しがたかった。これも技術研究所では早くから研究に着手し、設計のための解析プログラムの開発に成功したが、昭和四十六年九月にはスウェーデンから、新工法としてのスウェトーシステムを導入した。この工法は以下にのべるような特色をもち、この種公害の防止に大きな役割を果たすことが期待される。また同四十七年(一九七二)二月、環境汚染防止を事業目的として設立された日本キャタリティック株式会社に出資、参加したことも、建設業者の立場から公害問題に取組む大林組の積極的な姿勢を示すものである。
以下に、公害防止関係の新工法と、日本キャタリティック会社について略記する。
スウェトーシステム このシステムは、ストックホルムに本社をおくスウェーデンとハンガリーの合弁会社ビギング・ウンガルン社が開発したスリップフォーム工法の一種で、スウェトーとは発明者のスウエン・エリク・スウエンソン(スウェーデン)とトーマ・ヨゼフ(ハンガリー)の名からとったものである。この工法によれば、いろいろな形の筒状構造物、特に壁面が傾斜したり、曲面であったり、また厚さに変化のある場合でも自由に施工することができ、直径一〇〇メートル以上、高さ二〇〇メートル以上のものも施工可能である。この工法の採用によって、大気汚染防止の排煙処理用超高煙突や、また、火力、原子力発電所の温熱排水処理用や製鉄、化学工場等が工業用水を再使用するための大クーリングタワーなど、巨大な筒状構造物を省力化された作業体制で建設することができる。
スウェトーシステムの装置は、型枠と型枠をささえるヨーク、ヨーク間隔を調節固定するヨークつなぎ、上昇用ジャッキとロッドおよび作業台等で構成されているリング状架構が、スポークワイヤによって中央リングに連結されて一体となっている。型枠の上昇作業の開始および停止、スピードの調整、ジャッキ間相互のレベル調整等は、すべて中央のコントローラーによって正確に自動制御される。構造物の壁厚の調整は、調整ネジによって行ない、直系の変化(壁面の傾斜)は、スポークワイヤの伸縮とヨーク間隔の変化操作を連動させながら、コンピュータースケジュールにしたがって自動的に行なわれる。ヨーク間隔の変化が特に大きい場合は、ヨークを着脱して調整するが、この機構により、幾何学的形状の構造を自由につくることができる。
型枠の上昇速度は、構造物の大きさ、形状、セメントの質、鉄筋量等の諸要素や、気象状況によっても差があるが毎時平均約五〇センチである。したがって一日に五メートルないし一〇メートルの施工が可能であり、二〇〇メートルの超高煙突のスリップ作業は約四〇日間で完了する。しかも精度はきわめて高く、垂直精度は二〇〇〇分の一、壁面の最大傾斜は、垂直面に対しプラスマイナス五分の一程度まで施工し得る。この工法は、以上にあげた大クーリングタワー、超高煙突などのほか、給水塔、テレビ塔、展望塔、橋脚、ビルディング等の一般建築にも広範囲に利用することができる。
ケリー工法 OWS工法は昭和三十五年(一九六〇)、騒音や振動のない無公害地下連続壁工法として開発され同四十一年(一九六六)、ソレタンシュ社との技術提携により、OWSソレタンシュ工法として完成された。この工法による施工実績はすでに約四〇万平方メートルに達し、同業他社の追随をゆるさないが、その特色は岩盤に対して偉力を発揮するCIS掘削機の使用にある。ケリー工法もソレタンシュ社が開発した新技術であるが、その鍵をなすケリー掘削機は、シルト層、粘土層、砂層、礫層など、岩盤層を除くあらゆる地層の掘削に適応する。利用範囲も広く土留壁、地下外壁、大型基礎杭等、どんな掘削にも用いることができるので、この両者を使い分けることによって地下工事の限界は大幅に拡大された。
ケリー掘削機は、油圧機構をそなえた強力なグラブバケットを、ケリーロッドの先端に装着したものである。ケリーロッドは、クローラークレーンでささえられたケリーガイドの中を垂直に上下し、掘削精度の保持とグラブに対する掘削時の荷重としてはたらく。排土のためのグラブの昇降にともなう油圧ホースの伸縮は、ブームに装着したホースリールによって自動的に行なわれる。
掘削能率は従来のものにくらべて数倍の高能率で、しかも精度においてもきわめて高く、これまで最もすぐれた工法といわれたOWSソレタンシュ工法でさえ垂直精度は一五〇分の一ないし三〇〇分の一程度であったのに対し、地下五〇メートルの深度においても一〇〇〇分の一の垂直精度で施工できる。ケリー工法の特色を列記すると次のとおりである。
- (1)掘削面に対し、ケリーロッドおよびグラブの自重で加圧し、シェルの刃先に油圧による締めつけ力を与えるため岩盤以外の地盤ならば高能率で掘削できる
- (2)泥水循環式のものにくらべ、掘削土砂の運搬も泥水管理も容易である
- (3)掘削機が掘削位置から五~六メートル後退しているため、掘削部にかかる荷重が少なく、ガイドトレンチが軽便ですむ
- (4)グラブバケットの旋回が自由であるから、掘削土を直接ダンプトラックに積むことができ、このため作業能率が非常によくなる
- (5)隣接物に接近して施工できるため、敷地面積を最大限に利用し得る
- (6)グラブの向きを変えることができるため、隅角部を掘削しやすい
- (7)掘削、積み込みの作業が一人のオペレーターでできる
このケリー工法は、後段にのべるように昭和四十六年(一九七一)三月着工した東京都丸ノ内の日本興業銀行本店工事に当たり、はじめて採用されたが、都心における建設や市街地再開発に際し、地下工事に偉力を発揮することが期待される。
ONS工法 この工法は、大林組と日東工業株式会社が共同開発したもので、Oは大林、Nは日東、Sはスクリーンの頭字をとって名づけられた。これまで地下の土留壁工法には、作業にともなう騒音や振動、剛性や止水性の不足、土留の材料の引抜きや埋めもどしによる周辺地盤の沈下等、付近の建物に迷惑をおよぼしたり、道路や地下埋設物を損傷するなど多くの問題点があった。ONS工法はこれらの公害を完全に防止し、地下一階ないし二階程度の比較的浅い掘削に当たり、短期間に能率よく施工する土留工法である。
この工法は、特殊断面のプレキャスト鉄筋コンクリート製ONS杭を、ドーナツオーガ掘削機によって掘削した穴に挿入し、柱列状に連続してならべ、土留壁をつくる工法である。ONS杭相互の接合部は面接合とし、接合部の間隙にはソイルセメントを詰め、地下水の浸入を完全に防止する。ONS杭は工場製品であるため精度が高く、強度も強く品質が安定しているところから、土留壁としてのみならず地下室の本体外壁としても用いられる。また、この土留壁を利用して、地下掘削に先立って一階の床を架設し、地下と地上を同時に施工することにより工期を短縮することもできる。掘削機一台の能力は、一日六〇~八〇平方メートルあり、掘削泥土の搬出やコンクリート打設の必要もないので、きわめて高能率であるばかりか、交通規制のきびしい現場などにも適する。ONS杭は、厚さ三〇〇ミリ、長さ一二メートルを標準とし、配筋は土質や掘削の深度によって決定される。
ONS工法は昭和四十四年(一九六九)七月、大阪の三和銀行研修所工事ではじめて採用されたが、このときの掘削深度は一一メートル、土留面積は一五三〇平方メートルである。東京ではのちにのべるAIU赤坂ビル工事に用いられたが、このときの掘削深度は一二メートル、土留面積は六五三平方メートルであった。
日本キャタリティック株式会社を設立
アメリカのエンジニァリングおよび建設会社キャタリティック社は、廃水、廃棄物処理技術の研究開発や、廃水処理プロセスの設計および建設において世界的に有名であるが、特に工場プラントの保全業務に関しては欧米最大の実績をもっている。環境保全対策の進展につれて、わが国にもこの種企業が生まれつつあるが、日本キャタリティック株式会社もその一つで、昭和四十七年(一九七二)二月、チッソ株式会社および大林組によって設立され、翌三月には上記キャタリティック社も参加した。
日本キャタリティック社は、アメリカのキャタリティック社がすでに開発した環境汚染防止の諸技術に、チッソおよびチッソエンジニァリング社のもつ化学技術を加え、さらに土木、建築の分野における大林組の豊富な経験、すぐれた技術を総合的に結集するもので、大きな成果が期待される。事業目的は、環境保全についてのあらゆるコンサルティング、エンジニァリング、土木、建築の設計と施工、汚染物質処理に関する委託業務などを総合的に行なうこととしているが、新会社の発足によって、建設部門においてもこの分野に属する新技術、新工法がさらに発展するものと予想される。日本キャタリティック社の払込資本金は五〇〇〇万円で、出資比率は、キャタリティック社とチッソが各三五%、大林組が三〇%となっている。