大林芳五郎傳

悼ましや故人のむくろは一月二十七日、多年の愛莊夙川の邊、西宮滿地谷火葬場に於て荼毘に附された。滿目蕭條（しょうじょう）、朔風肌を切り、暗雲低迷して天地も亦その死を哭するかのやう、切々たる偲慕の情は歔欷（きょき）となつて、淋しい夕闇の野邊に續いたのであつた。密葬のことゝて會するものは家族親近者のみ、哀みは一入深く、式はいとしめやかに行はれた。

當日大本山金戒光明寺より「大隆院仁譽義孝芳壽居士」と謚され、白杉龜造氏は店員を代表して下の弔詞を陳べた。

維持大正五年一月二十七日、大林組支配人白杉龜造店員一同ヲ代表シ、謹ンデ我ガ店主ノ靈ニ告グ

店主ノ土木建築業ヲ創剏（そうし）セラレシハ實ニ去ル明治二十五年ニシテ、爾來二十有餘歳、幾多ノ荊棘（いばら）ガ前途ヲ遮ルモノアリシト雖（いえど）モ、剛俠不覊（ふき）ノ天資ハ克ク其ノ難局ヲ踏破シ、遂ニ斯界（しかい）ニ巨然タル地歩ヲ占ムルニ至レリ、殊ニ近年　畏クモ桃山兩御陵造營ノ大命ヲ拜シ、至誠以テ任ヲ果シタルノ時、草莽（そうもう）微臣ノ名、忝（かたじけな）クモ　天闕（てんけつ）ニ達シタリト拜聞ス、嗚呼何等ノ光榮ゾヤ

店主ハ其ノ業ニ熱心ナルト共ニ、店員ヲ愛撫セラルヽノ情實ニ慈父モ只ナラザルモノアリ、時ニ或ハ嚴令トナリ、或ハ叱咜トナルコトアリト雖モ、衷心ノ温愛ハ汲メドモ盡キズ、店員咸ク其ノ德ニ服シ、相倚（よ）リ相扶ケ、業務ニ精勵スルコト一家ノ如シ、是レ全ク店主ノ薫化ニ外ナラザルナリ、今ヤ業務ノ基礎漸ク固キモノアリト雖モ、斯界ノ前途尚遼遠ニシテ扶掖指導ヲ仰グコト愈切（よせつ）ナルノ秋ニ於テ、不幸溘焉（こうえん）トシテ長逝セラレ、空シク柩前ニ哭スル悲嘆ニ沈マントハ、嗚呼哀イ哉、我等ハ再ビ得ル能ハザルノ慈父ヲ永劫ニ喪ヘリ、萬斛（ばんこく）ノ涙ヲ灑（そそ）グモ奈何ゾ其ノ温容ニ接スルコトヲ得ン、唯我等ノ往ク道ハ一アルノミ、今後倍々意ヲ勵マシ、協心戮力（りくりょく）、慈父ノ遺業ヲ振興シ、業務ノ盛隆向上ヲ遂ゲ、以テ尊靈ヲ慰メ奉ラントス、惟フニ英靈長ヘニ我等ヲ愛撫加護セラルベキヲ信ズ、綿々タル哀情爰（ここ）ゾ一篇ノ文辭ニ盡クスヲ得ン、茲（ここ）ニ恭ク敬慕哀悼ノ意ヲ表シ奉ルノミ、翼クハ英靈瞑リ安ラカナレ、噫（ああ）

言々哀切、泣きては讀み、讀みては泣き、會葬者皆袖を絞らざるはなかつた。