カクトヘル
夙川邸は日本住宅としての標本だといふ評判で、神戸邊りの外人がよく觀に來たものである。或る日藏の中を案内した時、一人の外人が吊してあつた一連の鰹節を珍らしげに眺め、これは何かと訊ねた樣子を、會話こそ出來ないが案内役の又さんがそれと察して、何と答へてよいか、二、三間先きの故人に周章(あわ)てゝこれを尋ねた。故人は才氣喚發、冗談半分に『カクトヘル』と敎へた。無論これ位のことは直ぐと勘附くだらうと思つたのに、無知ほど大膽なものはなく、又さんは得意になつて鰹節を指し『カクトヘル、カクトヘル』と叫んだ。その聲を聞いた故人は思はずヒヤツとしたのであつたが、幸ひ外人であつたから頷いてゐたので故人は胸撫で下した。しかるに又さんは外人が歸つてからも臺所に頑張つて女中等に向ひ『今日は英語を一ツ覺えた。お前さん達は鰹節のことを何といふか知つてゐまい。あれはカクトヘルといふものだよ』と意氣揚々。女中等の方が頭が銳い。一人笑ひ、二人笑ひ、遂には殘らず笑ひ出してしまつた。又さんそれでも氣がつかない。女中の一人が『ハイトマルスペルや、オストアンデルと同じことですよ』と言つたので、又さん初めて釋然(しゃくぜん)。『旦那は罪なことを敎へたものだなア』と頭を搔いてゐた。