不思議な魅力
故人が麴屋呉服店で番頭をしてゐた時分のことだからまだ十八、九歳の時であつたらう。或る縁故先の某店が警察官の小倉服を請負つたが、その納入の際、染が惡いといふ廉(かど)で遂に不合格となり、百方手を盡して哀訴嘆願したが効果なく、その損夫は相當に夥(おびただ)しかつた。これを聞いた故人は、持つて生れた任俠から他人のことゝは思はれず、『それは定めしお困りでせう。よろしい、私が行つてお願ひして來て上げます』と事もなげに引受け、前後の事情をよく聽き取つた後、小走りに出かけて行つたが、待つこと時餘、『納まることになりましたよ』と勢ひよく歸つて來た。どうした口上で、どうした手段で成功したのか、故人に尋ねて見ても笑つて語らなかつた。その手際の鮮かさには某店の主人も開いた口が塞がらなかつたさうで、故人は若年の時代からかうした人を惹きつける不思議な魅力を先天的に具へてゐたやうである。