とんだ源空上人
或る日故人は下男下女一同に向ひ『今日は源空上人の有り難いほんとうのお姿を拜ましてやるから、含嗽(がんそう)をして鹽(しお)で體を淸め、身ずまひを正して殘らず座敷に集まりなさい』と言ひ付けた。皆の者は命のまゝに惶々焉(こうこういずくんぞ)として座敷に集つた。故人は床を後にして嚴然と座し、源空上人は、九歳の時敵の爲に父を討たれ、その敵の眉間を物蔭より小弓で射たほどの勝れた小兒であつたが、後法門に入つて切磋琢磨、遂に念佛淨土宗の開祖となられた大畧(たいりゃく)の爲人(ひととなり)を説き聞かせ、南無阿彌陀佛の名號を唱へて合掌平伏を命じた。暫くして、さア拜め、といふので皆の者は恐る恐る頭を上げると、故人は自分の拳骨を高くつき上げ『それ、これがゲンコ上人だ』と言つてすましてゐた。皆の者は笑ひ崩れたが、惟ふに何かそこに大きな敎訓が含まれてあるやうに感じられる。