大林芳五郎傳

1940年に刊行された「大林芳五郎傳」を電子化して収録しています。
なお、社名・施設名などは、刊行時の表記のままとしていますので、あらかじめご了解下さい。

第四編 飛花落葉(逸話)

とんだ源空上人

或る日故人は下男下女一同に向ひ『今日は源空上人の有り難いほんとうのお姿を拜ましてやるから、含嗽(がんそう)をして鹽(しお)で體を淸め、身ずまひを正して殘らず座敷に集まりなさい』と言ひ付けた。皆の者は命のまゝに惶々焉(こうこういずくんぞ)として座敷に集つた。故人は床を後にして嚴然と座し、源空上人は、九歳の時敵の爲に父を討たれ、その敵の眉間を物蔭より小弓で射たほどの勝れた小兒であつたが、後法門に入つて切磋琢磨、遂に念佛淨土宗の開祖となられた大畧(たいりゃく)の爲人(ひととなり)を説き聞かせ、南無阿彌陀佛の名號を唱へて合掌平伏を命じた。暫くして、さア拜め、といふので皆の者は恐る恐る頭を上げると、故人は自分の拳骨を高くつき上げ『それ、これがゲンコ上人だ』と言つてすましてゐた。皆の者は笑ひ崩れたが、惟ふに何かそこに大きな敎訓が含まれてあるやうに感じられる。

伯樂の一顧

故人は、或る日夜行で大阪を發つて翌早朝廣島の支店に着き、齒ブラシを銜(くわ)へて直ちに洗面所に赴いた。すると美少年の給仕が金盥(かなだらい)に湯を波々と持つて來た。しかるに故人は極寒中でも洗面には必ず水を用ひる習慣があり、湯を水に替へさせようと思つたのだが、齒ブラシを銜へてゐたので咄嗟に言葉が出ず、給仕の顏と金盥とを等分に見て、たゞウムとのみ唸つた。するとその給仕は直ちにその湯を捨てるなり更に淸水を盛つて來た。實に間髮を入れない隼のやうな敏捷さであつた。故人は心中少からずその機敏さに驚いた。暫くして今度は俥を命じると、給仕は人力車帳場に走るべく、門口で外を見るなり下駄を脱き捨てゝ跣足(はだし)で馳け出した。その日は雨後のことゝて路面は泥田のやうで、使の遲れるのを虞れた爲であつた。故人は愈その正宗のやうな給仕の銳さに魅せられてしまひ、遂に小松支店長に請ふて同給仕を本店に伴れ歸り、爾後特に目をかけて鞠育(きくいく)した。伯樂たる故人の眼識も亦銳く、その少年は長ずるに及んで才幹群を拔いて次第に重要な地位に進み、現に取締役の榮職にある宇高有耳氏こそ當時のその少年である。

下俥は十間手前

故人は華客先又は先輩等を訪ねたときは門前に俥を着けたことなく、何時も必ず十間ほど手前で下俥し、それから玄關までスタスタと歩いたもので、それは俥を橫着けにすることは禮讓を失する嫌ひがあるといふ考へからである。風や雨の日など、俥夫が氣轉を利かせたつもりで門前近く檝棒(かじぼう)を下したりすると、忽ち一喝されて後と退りさせられたものである。それは態(わざ)とらしくするのでなく、他人が見てゐようが、ゐまいが、そんなことに頓着はしてゐなかつた。全く心から先方を敬つて謙抑己を持したものである。

君臣のゑにし

明治四十一年八月、剏業(そうぎょう)當時の四天王と謳(うた)はれた小原伊三郞氏が、朝鮮よりの歸途岡山に於て客死した。病篤しとの急を聞いた故人は愴惶(そうこう)として大阪より名醫を伴なつて枕頭(まくらもと)に走せ極力醫療に盡したが遂に奏効しなかつた。故人は眞の弟でも失つたやうに『片腕を捥(も)がれたやうだ』と嘆き悲しみ、生前の功を犒(ねぎら)つて社葬となし、厚くその靈を弔つた。のみならず遺族を賑恤(しんじゅつ)して社員中優秀の譽ある力氏(前名古屋支店次長)を遺女とみ子にめあはせて箕裘(ききゅう)を繼がしめるなど、その恩愛は長く子々孫々に及ぶものがあつた。小原力氏は常に『故人は小原家の守護神だ』と言つてゐるが、それだけ會社に對する報恩的赤誠に燃えてゐるのである。その他現社員中加藤登氏(現橫濱支店長)、伊藤博之氏、谷一郞、二郞の兩氏、管田登美雄氏、佃昇氏、小倉康治氏、谷口尚武氏、野村良平氏、望月隆氏、松高一郞氏等は皆その父君が現職中に死亡された遺子であつて、尚又、父子相繼いで職を奉ずる社員も枚擧に遑(いとま)がなく、昔時の武士が一族郞黨(ろうとう)、子々孫々、藩公に祿を食んだ關係から、身を以て藩公に殉じようとする君臣の強いゑにしが築き上げられたやうに、故人の遺された傳統によつて今に大林組内にもさうした美しい武士道的精神が橫溢してゐるのである。

俯仰が晴雨計

故人が仰向いて談笑してゐるときは、心氣爽快頗(すこぶ)る御機嫌のよいときで、さうした際は大抵の相談が容れられるのを常とし、これに反して、もし俯向いて上は眼でも使つてゐるときは、恰も猛虎が將に獲ものに飛びかゝらんとしてゐるときの姿勢そのもので、下手なことでも饒舌ると忽ち咬みつかれたものである。古參社員などはよくこの晴雨計の機微を知つてゐて、相談事などに今日は善いとか惡いとかを判斷したものだ。そして又故人は常に『現場巡視のときに下唇を咬んで睨み廻すと、一語を費さずに現場を緊張させることが出來るから面白いよ』と笑つてゐた。

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