もたれ合
世の中は、自分一人で生活の出來るものでなく、もたれ、もたれつ、皆が相倚つて所謂共存共榮で行くのが本當だらうと思ひます。金貸しばかりあつて借り人が無かつたなら金融業者は商賣になりません。私は或る銀行家から、誰々さんには相當御便宜を計つてゐますとか、又は御世話申上げてゐますとか、如何にも恩に着せがましいお話を承つたことがありましたが、その時私は、『銀行からするなら、借り人はお客ぢやありませんか。御贔負に預つてゐますといふのが當然でせう。預金者ばかりがあつて、利廻りの薄い公債位を買つてゐては銀行は立ち行きますまい』と言つて注意したことがありました。故に私からするならば、大林さんは堅いお客樣だつたのです。この靠(もた)れ合ふことで一ツの美談があります。それは北濱銀行事件の時、大林さんは恩人岩下翁の窮地を救はんものと自己の全財産を提供し、岩下翁は銀行からするなら大林君はお客だ、そんな好意は御無用、と言つて斷られたことを聞いてゐますが、雙方(そうほう)共、私の考へにピタリ篏つた實に見上げた行動と常に敬服してゐるのであります。そして『金融家は小さな眼で世間を見ずに、大林さんのやうな堅い事業家にはドシドシ融通して行つてこそ貴重なお金を有効に活用させるといふものだ』と二、三の銀行家にも慫慂(しょうよう)したことがあつたほど、大林さんはお堅い人でした。次に大林さんは非常に朗かで、何かにつけ天眞爛漫の人でした。私の有馬に在る別莊に來られた時など、私方の女中を利用して大阪の宿坊に電話をかけ、相手に燒餅を燒かせなどして、子供のやうに喜んでゐたこともありまして、左樣に天眞爛漫なだけ、總べてに打解けて何等の蟠(わだかま)りも不安もなく、氣持よく御交際が出來たことを歡んでゐます。