大林組100年史

1993年に刊行された「大林組百年史」を電子化して収録しています(1991年以降の工事と資料編を除く)。
なお、社名・施設名などは、刊行時の表記のままとしていますので、あらかじめご了解下さい。

3 非常事態の宣言

■―相次いだ告示、通達

当社の経営は石油危機の影響による建設需要の減退、競争の激化による採算の悪化をきたしたうえ、金利負担が重くのしかかって利益を圧迫した。

昭和46年(1971)にスタートした長期経営5カ年計画も、当初の目標との大幅な乖離が不可避であることが明らかとなり、情勢の変化に臨機対応する施策を講ずる必要があることから、毎年度ごとに修正を加えてきた長期経営計画の策定を49年度から中止し、短期計画でフォローすることとした。

当期利益をみると、48年度は小幅な減益であったが、49年度は85億2,400万円と前年度比10%弱の減益で、50年度には63億3,200万円と26%弱のさらに大幅な減益となって、厳しい“冬の時代”に入った。当期利益が石油危機前の47年度98億3,000万円を超えるのは、じつに56年度まで待たねばならなかった。

こうした状況を受けて大林社長は、50年年頭において「戦後最大の試練の年を迎えて」と題して現下の情勢と今後の方針について全役職員に向け訓示し、次いで同年10月、「会社の現状について役職員諸君に訴える」告示を発した。さらに翌11月には「経費を節減するための具体的方策について」(副社長通達)、「非常事態に対処するための具体的方策について」(各本部長通達)が相次いで発せられ、石油危機後、当社の経営が容易ならざる事態に立ち入りつつあるとの認識のもとに、非常事態の宣言ともいえる危機乗り切りのための方策が打ち出されたのである。

■―戦後最大の試練

大林社長による「戦後最大の試練の年を迎えて」の訓示は、わが国経済がマイナス成長の昭和49年(1974)を経て安定成長への軟着陸を目指した政策的転換を背景に、建設業に厳しい時代が訪れたことを強調し、当社の進路に指針を与える長文のものであった。その要点を記すと以下のとおりで、以降の告示、通達の類もすべてこの訓示の述べるところに基づくといえる。

「48年に突如発生した石油問題とその対応策に由来してわが国の景況は不況の色を濃くしてきた。建設業界もまことに厳しい情勢に遭遇している。

内外の情勢の今後の展開を考えると、まず国際情勢では先進工業国対産油国、産油国対非産油国、さらには南北問題など国際関係は一層錯綜し、今後の国際情勢は先行き予断を許さない。

国内経済は、長期的な観点からみても、従来の高度成長から一気にマイナス成長へと急変した今、今後いかにして安定成長へ移行するかについて、想いを新たにして取り組むべき時に至っており、さらに今後いつ生ずるか知れぬ不測の事態に備えた施策を平時より考え講じておかなければならない。

産業構造、社会構造の変化の傾向は一層強まると思われる。このたびの不況はこのような転換の過程における摩擦のあらわれであり、従来の単なる景気循環におけるものとは異質である。わが国は今、社会的、経済的に戦後というより明治以来の一大転換期にさしかかっていると思われる。このような認識のもとに今後の方針を考える必要がある。

建設業界では、公共工事については本年も大幅な増加は望めないし、民間についても工事発注量の増大は望めない。一方、賃金や資材価格も騰勢は鈍化しても上昇は続けるであろう。

しかし、長期的にみれば各種社会資本の充実、民間設備投資、福祉・文化・余暇施設の必要性、開発事業の推進など、建設業はなお期待のもてる産業であると確信している。

このような展望のもとに、当社は総力を結集して現在直面している困難を乗り切るとともに、将来のために実力を養わなければならない。まず、次の直面する課題とその対策について取り組む必要がある。

1 資金難の克服

①工事代金の回収促進、②手持不動産の資金化、③受注条件の吟味、④新規投資の抑制

2 目標受注高の達成

①新規得意先の開拓、②重点的な工事の獲得、③需要の創出

3 目標利益の確保

①原価意識の徹底、②工事費の節減、③工事代金の是正、④不要不測の支出の軽減

以上が当面の課題とその対策であるが、企業はまた長期的に未来社会のニーズを探究して、それに対応した施策を早急に講じておかなくてはならない。今後わが国の経済が低成長へと移るに伴い、産業構造もまた変化するであろう。当社の事業も、その変化に適切に対応していかなければならない。そこで将来に備える基本的な施策として、次の事項を推し進めていくことが必要である。

・広範囲な技術の研究開発
・環境関連業務の展開
・海外事業の充実
・能力の向上

現在は国民すべてが節約ならびに節度をわきまえて、安定した経済情勢を取り戻すべく努めなければならない時である。皆さんも、今一度それぞれの業務を検討して無駄を省き、能率を向上するため一層の創意工夫を願いたい。

また、現在の厳しい情勢にのみ目を奪われて大局を見失うようなことがあってはならない。このような時であるからこそ、一層冷静沈着に行動しなければならない。わたくしも皆さんとともにこの難局に挑む意欲に燃えているので、皆さんの深い理解と協力を望む次第である。」

■―工事獲得高の増大に向けて

昭和50年(1975)9月期の業績に基づき、大林社長は同年10月、社報をもって「会社の現状について役職員諸君に訴える」告示を発した。これは、社内報『マンスリー大林』7月号誌上で「非常事態に対処して―全社員の一致団結と知恵の結集を!」と題し、全社に訴えたのに続くものである。

この告示は、50年9月期の受注高が47年9月期の水準まで後退した厳しい現状を踏まえ、その分析を行うとともに、改めて非常事態に対処するための基本方針を示し、役職員の理解と協力そして奮起を促すものであった。具体的方策については、先の訓示とほぼ同様であるが、その第1に掲げた「総力を挙げて工事の獲得高を増大し、経営基盤の安定をはかる」では、「本支店、営業所、工事事務所の営業力を質量ともに一段と強化し、組織的な営業活動を強力に展開する。工事情報の入手については、全社を挙げて努力し、入手した情報は営業担当部門に迅速に連絡すること」と述べ、全社員が営業マンの精神をもって、工事情報の入手に努力すべきことを強く求めた。

社長の呼びかけを載せた『マンスリー大林』(昭和50年7月号)
社長の呼びかけを載せた『マンスリー大林』(昭和50年7月号)

■―全社員が営業マン精神で

この社長告示を受けて、昭和50年(1975)11月、土木本部長名ならびに営業本部長、東京本社建築本部長および本店建築本部長連名の「非常事態に対処するための具体的方策について」(同題名)と題する通達が発せられた。いずれも管理職者各位あてとなっている。

両通達ともその題名の示すとおり、精神的訓示に終わらず具体的な方策、行動の指針を示し、いまや即実行の時であることを感得できるものであった。非常事態に際して、いかに考え、いかに行動すべきか、当社が必死の思いで取り組むべき指針であった。

両通達ともその第1にあげているのが「工事獲得高の増大を図ること」であり、なんとしても、これが最大の命題であった。そのほかに両通達とも「取下げ促進」「経費節減」をあげ、さらに前者の土木本部長名のものは「工事の効率的消化と工事費の低減」を、後者の3本部長連名のものは「手持不動産の売却を促進し、金融費用の軽減を図る」を掲げ、それぞれ4項目に集約している。

両通達ともかなりの長文で、その大部分は工事獲得のためのノウハウに割かれている。これは当時の情勢分析によっているが、今日においても十分に生かされるものであった。ここにそのすべてを記述することはできないが、とくに具体的な指示について記しておく。

まず前者では、「……特に、現在各店が目標とする高速道路、新幹線、ダム、下水処理場等については、全国的規模で関連情報を吟味検討し、獲得計画の調整を進めているが、今後これを一層強化し、流動的な情勢に対応した適切な方策を講ずるとともに、各店が目標とするその他の大型工事についても、近接地域にあるものは相互にその調整を図り、一方を得て他を失うことのないよう万全の策を進めること」とし、具体的に営業活動の進め方を示している。

公共工事の獲得に関しては、

1 中・長期計画等の早期把握と多角的獲得戦術の立案

2 地方自治体および第3セクター発注工事の獲得

上下水道施設、市街地再開発、ニュータウン建設、商店街再開発、流通・配送基地、各種卸売市場センター、卸売団地、社会福祉施設(レクリエーション・保養施設)、都市内交通施設整備、防災施設、環境整備施設、ターミナル施設、学校などの文化教育施設、広域観光開発、石油および食糧備蓄基地などが注目されるので、企画立案の段階から参加できるよう、コンサルタント、設計事務所および関係団体の動向に注意する。

3 海洋土木工事の獲得

等々について述べている。

また民間工事の確保として、

1 大型業種等の動向に注目

電力、ガス、鉄鋼、石油、化学、私鉄、住宅産業等の大型業種や生活関連業種では、引き続き段階的投資が予想されるほか、公害防止関連投資、工場跡地利用、宅地開発、遊休地利用、福利厚生施設、環境整備のための施設などが注目される。

2 建築部門との連携強化と旧得意先の再開拓

等を説いている。

一方、後者の通達も工事獲得について細かく具体的に示しているが、「営業の重点目標」として「便々として従来の得意先から大型工事の発注を期待しているだけでは不充分であり、経済情勢の転換の先行きを洞察しつつ、次に示すような多岐にわたる種類、分野の得意先の開拓に努めるとともに、小型の工事であっても丹念に獲得して、工事獲得量の増大を期すること」とし、次のようにあげている。

小・中・高校の新増設、生活福祉関連施設、とくに医療関連施設、廃棄物処理施設、集合住宅工事、銀行店舗・計算センター工事、流通関係工事、市街地改造工事、病院・私立学校・宗教施設工事、国内企業の海外進出に伴う工事、製造業の設備投資(公共的業種および基幹的業種の工事、公害防除投資、工場のスクラップ・アンド・ビルドと跡地利用の投資、省力化・合理化投資にはとくに留意が必要)などで、それぞれそのポイントを示している。

こうして工事量の獲得に向けての全社的努力が続けられていったのである。

工事獲得高の増大は非常事態に対処する根本命題の第1であったが、並んで重要なのは全社員が同じ方向に力を揃えることであり、社長告示に示された工事情報の入手であった。これはその後、営業情報提供システムの発足へと発展していったが、先の訓示における目標受注高達成の一方策としての自らの提案による需要の創出と並んで、新しく力を入れる営業活動となった。

投資マインドも冷え込み、建設需要が低迷して、受注競争はますます激烈になると予想され、従来の得意先からの大型工事の発注を待っているだけでは企業の発展は望めない状況となってきた。

そこで、新規得意先の開拓、需要創出型あるいは技術提案型の営業活動を推進する必要があったが、さらに従来にも増して、引合い以前の積極的な工事計画情報の収集やプランニング機能の充実などが求められることになった。つまり、営業マンのみならず全社員が営業マインドをもち、情報キャッチのアンテナとなることである。とくに全国730カ所に及ぶ工事事務所は貴重な情報源として期待された。

そして51年4月、営業情報窓口を設け、正式にインフォメーションシステムを発足させた。51年度、52年度に情報提供件数は470件に達し、営業活動に大きな貢献をしたのである。

非常事態に対処するもう一つの施策としての経費の節減については、50年11月の嶋道副社長通達その他をもって、繰り返し示達された。副社長通達は経費節減の趣旨に続いて、時間外労働の短縮、交際費、寄付金・会費、旅費・交通費、会合費、事務用品費、電話料、動力・用水・光熱費、その他経費について、数字を示して細かく指示している。

こうして、非常事態への認識の徹底を図るとともに、具体的な危機打開の方策が示され実施されていったのである。

営業情報提供1,481件へ(昭和51~53年度)

営業部門以外からの情報提供システムによる情報提供件数は、昭和51年4月発足以来53年3月末までに総計1,481件に達し、53年以降急速に受注に結びついていき、受注金額はこの間に124億円に達するという成果をあげた(グラフ参照)。

同業他社にも同様の制度があり、それによって受注100億円を超えたのは当社が3番目であったが、スタート以来3年目での快挙として、業界の注目を集めた。

なお、それ以降もこの制度の趣旨が浸透するにつれて加速度的に情報、受注件数ともに増加し、営業活動に大いに貢献した。

営業情報提供強化月間ポスター
営業情報提供強化月間ポスター
営業部門以外から提供された営業情報と受注の推移
営業部門以外から提供された営業情報と受注の推移
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